「夜間飛行」のこと

 6月に勝毎に掲載し、昨日ここにアップした短編小説「夜間飛行」のことについて、ちょっと書いておきたい。

 この小説は、僕が22歳の時に、卒業論文の口頭面接試験で実際に起こったことを踏まえて書いてある。まあ、ざっくばらんに言えば、自分の体験がベースというわけだ。(もちろん小説なので、作っている部分も相当あるけれど)
 あのとき、僕は、担当の教授から、卒論の内容についてこっぴどいお叱りを受けた。「こんなもん、卒論という体をなしてないじゃないか」といった感じだった。
 確かに彼の指摘は正しかったし、実際のところ僕の卒論も、相当に出来が悪かったと思う。それに間違いはないだろう。
 それは分かってはいるのだけれど、彼の話し方、僕の不出来な論文を上から睥睨して、全否定するような話し方は、正直なところ僕の心を深く傷つけた。。
 小説にも書いたのだけれど、卒業当時の僕の精神状態は、あんまり安定したものではなかった。片想いの女の子のことで相当に悩んでいたし、将来の方向性が見えなくて不安だったし、実際に就職先も決まっていなかった。
 そんなこんなで、軽い鬱状態に陥っていた。(小説の主人公は精神科で診てもらってることになってるけど、実際には行っていない。でも、病院に行けば、きっと「不安神経症」といった診断名がついただろうと思う。)
 べつに弁解するわけじゃないけれど、そういった精神状態の中で、僕は僕なりに、まあまあ頑張って卒論を仕上げた。
 それを、教授は、一ミリの情状酌量もなくあら探しをし、コテンパンに卒論の欠点をあげつらい、あげくの果てには僕に向かって「こんないい加減な論文を書くようじゃ、君は、責任ある中学校の教員なんかにはなれないな」とまで断言した。
 
 あれから1年後に僕は就職し、40年あまり社会の荒波を泳ぎ抜き、いつしかあの時のことを僕は忘れていた。
 それが、小説の材料を色々と考えていた時に、ふと思い出した。

 で、これは書いておきたい話だと思って、すぐに取りかかった。でも、実際に書き始めてみると、そんなにスラスラとは書けなかった。16枚という決められた枠の中で、卒論の中身にも触れなければならないし、当時の僕の精神状況も説明しなくちゃならない。あの口頭試験の状況も書かなくちゃならない。
 てなわけで、書き始めてから最終稿にたどり着くまでにひと月くらいかかってしまった。
 小説を書きながら、当時のことを色々と思い出したけれど、あの頃って、ほんとに楽しい思い出はなかった。苦くて、悔しくて、腹立たしくて、哀しくて、辛かった思い出ばかりだ。

 でも、誰だって、そういった辛い時期って経験しているのだろうと思う。