昨日、ツタヤで借りてきた「セッション」を観た。
で、このDVDの惹句は、「最後の9分19秒で、あなたは人生を変えるほどの感動を味わう」なんだけど(たぶん)、僕はそんな感動を覚えなかった。
確かに、圧巻のエンディングではあるけれど。
それよりも、僕は終わった後に、なんとも言えない違和感を覚えた。
その違和感は、何なのかしばらく分からなかった。で、時間が経つにつれて、それは指揮者のテレンス・フレッチャー教授の、人間性に対するどうしようもない違和感だということが、少しずつ自分の中で明らかになってきた。
ひとことで言えば、僕は「フレッチャー教授」が、何を考えてる人間なのか、よく分からないということなのだ。
学生に対して、どうしてあんなヒドい罵詈雑言の類を、これでもかこれでもかと言えるくらいぶつけ続けることができるのか、という疑問ではない。
彼には、天才ミュージシャンを育てるという大きな夢があるから、そのために厳しい指導をするという理屈があるようだけれど(映画の中で、そういうセリフがある)、でも自分を辞職に追い込んだ主人公のニーマンに復讐するために、自分のバンドに誘った経緯を、そんな壮大な夢を追ってるようなデカい人物には、とうてい見えない。
どう見ても、自分の勝手な理想のために、単に他人を罵詈雑言でやじり倒すだけのキチガイにしか、僕には見えなかった。
そう、俗物人間としての彼の狂気しか、僕には伝わってこなかった。
それで、見終わった後も、心地よい感動なんて味わえなかった。
狂気を描いたとすれば、それはそれで見事な作品だと思う。でも、このアイディアで映画を作れるのは、これっきりだと思う。
この監督(デミアン・チャゼル)が、次にどんな作品を作るのか、それを見てからでなければ、正しい評価はできない。そんな気がした。
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